追分道標

開業前にテナントを探して草津駅周辺を歩き回っていた時に、草津駅方面から天井川のトンネルをくぐったところに追分道標がありました。「右東海道いせみち 左中仙道美のぢ」と刻まれた道標が建つのを地元の方はご存知の方も多いのではないのでしょうか。追分は道の分岐点という意味がありますが、ここは東海道と中山道のまさに分岐・合流地点。かつては草津宿の追分見付と呼ばれていたそうです。

京都から江戸に向かう時、草津宿で南回りの東海道と北回りの中山道に分かれたわけですね。京都から江戸まで中山道の方が東海道より40kmも距離が長いそうで、そのため東海道五十三次に対し中山道は六十九次と宿場の数も多かったのですね。中山道の方が険しい山道で距離も長いわけですが、一方東海道も箱根峠などの難所があり江戸幕府の取り締まりも厳しく中山道を行く者も多かったそうです。

現在、追分道標があるので草津市追分なのかと思ったのですが、道標があるのは草津市草津なんですね。少し不思議です。

追分は道の分岐点という意味ですから、全国各地に追分の地名あり、大津市にも京阪追分駅のある追分町があります。あそこは東海道・中仙道方面と湖西方面の分かれ道といった意味なのでしょうか。

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